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2017-08-04-Fri-17:59

サッカー : あれから6年…七回忌だけど

こんにちは。せーたくです。

ちょっと、6年前の事を思い出してみます。

2011年8月4日、14時を少し過ぎた時。
テレビのニュース速報の音。嫌な予感がしました。

嫌な予感は当たっていました。
一人の偉大なフットボーラーが天に召されたのです。

その数日後、まだみなとみらいにあったマリノスタウンに献花台が設けられました。
横浜駅の地下道を抜けてマリノスタウンに向かって歩いていくとたくさんのサポーター、報道陣の人だかりが何百メートル先からもはっきりと分かりました。

その翌年。
まだ肌寒い日産スタジアムで行われたメモリアルマッチ。
前橋育英、F・マリノス、山雅、日本代表。
これまでの足跡を辿るようなメンバーが集まりました。
試合の後、日産スタジアム周辺の道路からたくさんの「松本」ナンバーの車が走って行くのには驚きました。

春のJ2開幕戦。
ホームのヴェルディサポーター異常に詰めかけた山雅サポーターに混ざった時、遠く横浜までやってきた「松本」ナンバーの車の数には納得できました。
味の素スタジアムは、山雅のホームのような雰囲気でした。
その後、山雅の1stユニフォームが我が家のユニフォームコレクションに加わりました。
EPSON、長野銀行、キッセイ…どのスポンサーの文字も新鮮でした。



そして、2017年。

去年、F・マリノスから多くの選手が去りました。まだご存命だったら、きっと松本の地からF・マリノスに「喝」をいれられた事でしょう。

山雅の一員としても、間違いなく檄を飛ばしながらJ1復帰に向けて闘っていたはず。

ロシア行きの切符を掴むべく闘うサムライブルーにもエールを送っていた事でしょう。





いや。

「でしょう」や「はず」ではない。

松田直樹さんは、どこかで必ず見守ってくれている。

共に闘ってくれている。

そう思うと、とても心強い!





マツさん、これからも一緒に闘いましょう!
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